【Vintage Honda】ホンダスポーツを所有するのは通算3台目、5年目を迎えたS600との趣味車生活は充実の日々
古くから鋸(のこぎり)や鉈(なた)、鎌といった鍛治が盛んで、日本のみならず世界有数の金属産業の街として知られている新潟県三条市。自動車部品の製造工場も多く存在し、自動車メーカーの製品を影で支えている。現在もさまざまな金属加工を主とした地場産業が盛んな街で、長く「エス」を楽しむオーナーを訪ねた。
(Honda Style 105号/2022年3月発売号に掲載)
きっかけはDOHCエンジンへの憧れ
今回の主役である、1964年式S600のオーナー・渡辺 稔さんは、不動産業に従事していることもあり、市内の空き家バンクの充実や移住促進の事業にも積極的に活動している。地方移住を題材としたテレビ番組において、後継者に悩む工場が事業後継を目的として若者の移住者を受け入れるなど、今後の日本が抱えている人口減少といった切実な悩みに、新潟県三条市は全国でもいち早く真剣に取り組んでいる。
そんな渡辺さんと待ち合わせしたのは、三条市の地場産業であり、地域の歴史である鍛治の技術と、ものづくりへの精神を次世代に継承し、新たに発展させる研修施設として開設された「三条鍛治道場」だ。約束の時間の少し前に到着すると、すでに渡辺さんと3台のホンダスポーツたちが出迎えてくれた。
渡辺さんが自動車免許を取得してから最初に夢中になったのは、いすゞ・117クーペだという。最初は昭和48年式、次いで昭和50年式、最終的には昭和47年式のハンドメイドモデルを手に入れた、ハンドメイドのボディを含めて一時は4台の部品取り車を持っていたというから、クルマ好きとして、その「のめり込みかた」は大いに頷けるだろう。
117クーペとの生活を楽しんでいた渡辺さんだったが、地元の三条にベレット1600GTRに乗っている知人がいたことから、DOHCエンジンへの憧れがふつふつと湧いてきた。そしてベレットのオーナーと話をすると、「DOHCエンジン搭載車だったら、やっぱりホンダスポーツだろう」となった。そんな思いがけない一言もあり、渡辺さんのホンダスポーツへの興味は今まで以上に急加速する。
やがて夢が叶い、渡辺さんがS800クーペを手に入れたのは29歳のとき。日が落ちてから、こっそりガレージに並んだ117クーペとS800を並べて喜ぶ渡辺さんだったが、翌朝、奥様に叩き起こされたそうだ。なんと購入することを知らせていなかったのである。しかし、当時は幼かったお嬢さんがカッコいい!と喜んだことで、奥さまも容認せざるを得なかったとか。
当時は近所にエスの仲間がいなかったので、いすゞの仲間たちとツーリングに行くなどして楽しんでいたというが、ある日、上越市のエス・オーナーと出会う。
『秋にワインディングを走っていると、シフトチェンジの合間に、落ち葉を巻き上げる音が聞こえて、それがまた良いんだよ。クーペだとそれが聞こえないよね』
なにげない会話のなかの言葉が気になり、渡辺さんはオープンボディのエスにも一度は乗ってみたいと思い始める。そんなとき「同郷のよしみもあるし、安くしてあげるよ」と声をかけてくれたのが、エスを得意とする『ガレージイワサ』代表、岩佐三世志さんだった。
渡辺さんが9年間楽しんだS800クーペは地元の後輩に譲ることとなり、自身はオープンボディのS800に乗り換えることができた。さらに積極的にイベントなどへ参加するようになった渡辺さんは、岩佐さんを通じて同好の仲間が増えた。
全国のイベントをS500で楽しんでいた故須田さんと出会ったのも、この頃だ。前述の岩佐さんとは、同じ三条市の出身ということでショップ店主とお客という関係だけでなく、ニューイヤーミーティングでのブース出展の手伝いや、北海道の赤平ミーティングに一緒に参加し、岩佐さんのロータス・エランのステアリングを握るなど、良い関係が続いている。
エスを通じて拡がる、仲間との出会いこそ最大の喜び
そのようにエスでの楽しみを満喫していた渡辺さんだが、息子さんが受験勉強を一生懸命になっている姿を見たとき、自分だけ遊んでいる訳にいかないと、一度エスを手放すことになる。その後に子育てがひと段落すると、渡辺さんは5年前にホンダスポーツの世界に戻ってきた。
手に入れたのは、昭和39年式のS600。S800とは明らかに異なるエンジンレスポンスなど、一度は所有したいとずっと心の片隅に残っていたのだという。初期生産のモデルゆえ、各部のディテールに違いがあるという点も気に入っている。
納車早々にエンジンブローを体験するなど手痛いことも味わったが、怪我の功名というべきか、嬉しい出会いもあったという。じつは購入当初に搭載されていたエンジンは中期モデルのものだったが、ブロー後には仲間のネットワークにより前期エンジンとミッションへの換装を実現。高齢のエス・オーナーが、自身の予備のために保管していたものを、『もうこの先は使うこともないから』ということで譲り受けたそうだ。
この日の取材に同行してくれた桑原さんと佐藤さんは、その頃からのお付き合い。渡辺さんのS600にはオリジナルのガラス製ライトカバーが装着されていたが、飛び石で割れたらもう手に入らないぞと桑原さんにアドバイスされ、愛車はアクリル製に交換してオリジナルは大切に保管しているという。
前述のエンジン載せ替え作業も、桑原さんとともに友人である星野さんのガレージで行ったそうだ。一般の自動車整備を仕事としていながらシトロエンGSAの愛好家である、同性の渡辺さんとで交換してくれたそうだ。
またホンダスタイル104号で紹介した、同じく三条市のN360愛好家・大箭さんたちのグループとも知り合いとなり、地元でのホンダ車愛好家のネットワークも広がりをみせる。エンジンを降ろしたタイミングで、傷んでいたボディの修復とリペイントでお化粧直しをした。その作業も30年前の糸魚川のイベントで知り合ったS600オーナー、羽田さんの手によるものだ。
春の訪れまで、冬季のあいだは雪に覆われるこの地域。取材は「走り納め」としても心地のよい秋口に行われ、集まってくれた3台のホンダスポーツが快音を響かせてくれた。
「これだけの楽しさを共有できる仲間がいるというのが、クルマ遊びをやめられない一番の理由なんですよね」
そう言って笑う渡辺さんにとって3度目となるエスとの生活は、これからもずっと長く続いていくことだろう。
Owner:佐藤勇三さん Car:1966年式S800
佐藤さんの愛車S800は、以前のオーナーが30年間不動のまま所有していたもの。譲り受けたときは、当然ながらすべてが固着していて引きずり出すのが大変だったとか。ハードトップは30年間畑に埋もれており『新しく作ったほうが早い』と言われたが、純正に拘って修復したそうだ。過去には自動車整備士として働いていた経験もあり、エンジンのオーバーホールを含めて自分で修理し、半年で公道復帰させたという。
Owner:桑原 茂さん Car:1964年式S600
安全を考え、S800純正のヘッドレスト付きのシートに換装している桑原さん。さらに「蒸れて暑いから」と、表面素材はビニールからモケットへと張り替えて装着している。エンジンのオーバーホールなども自身で行い、メカニカルな作業も楽しむ。エスをはじめホンダ車全般に関する知識の豊富さから、仲間から『歩くウィキペディア』と呼ばれるそうだ。一時は2台を同時所有するなどのエスフリークであるが、現在はT360を入手し、ホンダツインカムライフを楽しんでいる。
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1964 Honda S600
SPECIFICATION
□全長×全幅×全高:3300×1430×1200mm
□ホイールベース:2000mm
□エンジン形式:水冷直列4気筒DOHC
□総排気量:606cc
□圧縮比:9.5
□最高出力:57PS/8500r.p.m.
□最大トルク:5.2kg-m/5500r.p.m.
□変速機:4速MT
□燃料タンク容量:25リットル
□サスペンション型式(F/R):トーションバースプリング独立懸架式/コイルバネ独立懸架式
□ブレーキ型式(F&R):リーディング・トレーディング
□タイヤサイズ(F&R):5.20-13-4PR
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(photo&text:Junichi OKUMURA 奥村純一)
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